<愛犬の寿命はとても短い>
愛犬の寿命はとても短いです。
人に比べ、6倍の早さで人生を終えてゆきます。
今回は、獣医としての意見ではありません。私見として愛犬の寿命について書きます。
いままで多くの動物を飼育していて、生きがいと適切な食事のある子は、重病の病気の時でも苦痛なく過ごすことが多いように見えます。
たぶん、病気の箇所以外は本当に健康で幸せなのだと思います。
犬は品種改良が極端に進んでいるため、どうしてもガン含め遺伝的に避けることができない疾患が発生します。
ですが、そのような避けられない遺伝的な弱さが発生しても、適切な食事と幸せがあるときは、多くの子で、ほとんど苦痛なく、幸せに寿命を終える姿をたくさんみてきました。
私は中学高校時代より野鳥保護をしてきましたが、その時に野生動物から感じたことは、死は苦痛ではなく、自然で健全な過程の一つという姿でした。
死では苦痛ではない、そういう印象を強く持つに至りました。
これは獣医師としての話しではありません。
たくさんの動物を飼ったり救護していると、そう想定しないと彼らの行動や幸福について説明できないのです。
大きな病気を持っていても、2時間ぐらい前まで走っている子などもいます。
そして、飼主の膝の上で静かに撫ぜなぜながら虹の橋をわたる子をたくさんみてきました。
動物は、生死を超えている感覚があるのか?という印象や感覚を受けることがあります。
実際に自分の死ぬタイミングをコントロールする子はとても多いです。
そして、特筆すべきことは、愛犬が自分の死を前にしても、自分のことよりも、残される飼主や自分の家族の幸せについて心配している姿です。
そのような姿をみていると、胸が痛くなります。
愛犬の必死の願いを飼主が理解できていないことが多いように感じるからです。
気持ち的にも栄養的も満たされた子は、苦痛はあまりなく、とても健全に(匂いもほとんどない、犬特有の良い匂いがしながら)寿命を終えていく姿は、ある種の尊厳まで感じます。
遺伝的にどうしても苦痛が生じる子もいますが、動物にとって大切なのは生き死によりも、飼主に愛されたか、愛されなかったかのほうが重要な気がしています。
愛されている愛犬たちは一番つらい瞬間でも、そのときに幸せを感じ取っているように思うのです。
愛犬は、言葉に出せないぶん、そのことをどうにかして伝えて肉体を終えようとしているように感じます。
愛犬の瞳を見てあげてください。
瞳の奥をのぞいていただきたいと思います。
あたたの愛犬は、なんと言っているように聞こえるでしょうか?